タスク管理勉強部

タスク管理とか色々書きます。

なぜアフターコロナばかりが語られるのか。

現実の問題を把握し対処しなければならないのにも関わらず、コロナが終わったあとどうなるとか、日常はもう戻らないとか言われる。本当にそうだろうか?

 

僕は今この場であらゆることを決断する必要はないと思う。必要なのは現実への対処だ。

にもかかわらず、この現実への決断を先延ばしにして、あとあとのことを考えてあるいは問題を先送りにするための決断だけが先行しているように思える。

 

保守的な人間だと思われるかもしれないが、まずは常態への復帰を目指すべきである。

それはもう無理なんだと諦めてしまって、さぁコロナ後の世界をどうしようだとか、とりあえず自粛を延長しようだとかはっきり言って愚策に近い。

 

いますべきことはコロナ収束後世界がどう変わるか話すことでも9月入学にすることでもないはずだ。今まさに学校を再開させるにはどうするか、仕事はどうするのかということを現実的に話すべきである。それをすべてほっぽりだして先のことを話すからだめなのだ。

 

今のパニック状態にある我々が先々にまで影響するような大きな決断をすることは控えるべきである。それは法律でも制度でも同じこと。必ず道を踏み外す。冷静ではないからだ。

 

こういう状況下において、やたら決断主義が横行するのは我々が決断したり変えることによって良くなるはずだという妄想に陥りやすいからである。

実際には良くなる可能性も悪くなる可能性もあるはずなのに後者が見えない。

とりわけ平常時に語られて来なかったようなものがここへきて急浮上したりするのは大変危険である。

海で遭難した人が飲水が無くて、海の水を飲むようなものである。実際には海の水を飲むと余計に喉が渇くだけなのだが、水がなくなるとわかっていても飲んでしまう。

今急に出てきた9月入学などはその典型である。平常時は誰も9月入学にしたほうがいいなどと思わないし話さえしない。ところがこういうパニック状態に陥るやいなや最善の手であるかのように見える。

 

落ち着くべきだ。あらゆる大きな決断は封印すべきである。やることは現状への決断だ。